井沢八郎は、力強く伸びやかな高音で心を震わせる昭和の演歌歌手です。代表曲「男船」でデビューし、不朽の名作「あゝ上野駅」で時代の寵児となりました。この曲は集団就職で上京した若者たちの心情を歌い上げ、「心の応援歌」として社会現象になるほどの大ヒットを記録。その歌声は、昭和という時代を象徴する伝説として今なお語り継がれています。
プロフィール
芸名 |
井沢八郎(いざわ はちろう) |
本名 |
工藤 金一(くどう きんいち) |
出身地 |
青森県弘前市 |
生年月日 |
1937年3月18日(2007年1月17日没、享年69) |
血液型 |
– |
身長 |
– |
レーベル |
東芝音楽工業 |
所属事務所 |
– |
尊敬する歌手 |
– |
趣味・特技 |
– |
デビュー |
1963年 |
デビュー曲 |
男船 |
公式サイト |
なし |
公式ブログ |
なし |
X(Twitter) |
なし |
Facebook |
なし |
Instagram |
なし |
YouTube |
なし |
ファンクラブ |
なし |
別名 |
– |
関係者 |
工藤夕貴(長女)、工藤正貴(長男)、青羽美代子(妻) |
井沢八郎の来歴|昭和の歌謡界を駆け抜けた軌跡
デビュー前
青森県弘前市に生まれ、中学生の頃からその歌唱力は地元で評判でした。 歌手を志して中学校卒業後に上京し、バンドマンとしてベースを弾きながら、作曲家の大沢浄二氏に師事し夢を追い続けました。 この下積み時代に培われた音楽経験と、故郷を離れて都会で頑張る自身の境遇が、後の彼の歌に深い説得力をもたらすことになります。
「あゝ上野駅」での大ヒット
1963年に「男船」で東芝音楽工業からデビューを果たします。 そして1964年、彼の運命を決定づける一曲と出会います。 それが、集団就職で上京する若者たちの望郷の念を歌った「あゝ上野駅」です。 この曲は「金の卵」と呼ばれた若者たちの共感を呼び、空前の大ヒットを記録。 井沢八郎の名を全国に知らしめると共に、高度経済成長期の日本を象徴する国民的愛唱歌となりました。 このヒットにより、翌年にはNHK紅白歌合戦に初出場を果たしています。
その後の活躍と晩年
「あゝ上野駅」の後も、「北海の満月」や「男傘」といったヒット曲を世に送り出しました。 しかし、時代の変化と共に、かつてのような大ヒットには恵まれず、不遇の時代も経験しました。 晩年は、懐メロ番組などで再びその姿を見せる機会が増え、「あゝ上野駅」が昭和を代表する名曲として再評価されます。 2007年1月17日、食道がんのため逝去。 奇しくもその日は長女・工藤夕貴さんの誕生日であり、病床で最後に「おめでとう」と伝えたという逸話が残っています。
ディスコグラフィ
シングル(発売日順:新→旧)
発売日 |
タイトル |
作詞 |
作曲 |
編曲 |
最高順位 |
1966年 |
さいはての男 |
– |
– |
– |
圏外 |
1965年 |
北海の満月 |
– |
– |
– |
圏外 |
1964年 |
男傘 |
– |
– |
– |
圏外 |
1964年5月 |
あゝ上野駅 |
関口義明 |
荒井英一 |
– |
圏外 |
1963年 |
男船 |
松井由利夫 |
大沢浄二 |
– |
圏外 |
アルバム(発売日順:新→旧)
発売日 |
タイトル |
収録曲 |
現時点でリリース情報は取得できませんでした |
DVD(発売日順:新→旧)
発売日 |
タイトル |
備考 |
現時点でリリース情報は取得できませんでした |
受賞歴
- 1964年 第6回日本レコード大賞 新人賞(あゝ上野駅)
- 2007年 第49回日本レコード大賞 特別功労賞
関連ニュース
ライブ・コンサート・イベント情報
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情報源・参考リンク